心の健康づくり計画は義務?健康経営に重要なメンタルヘルス対策の取組を解説
健康経営においては、メンタルヘルス対策の推進が不可欠であり、企業全体での対応が求められます。そのためには、どのような方針に沿って施策を行うか、社内の共通理解が重要です。共通理解を得るために必要なのが心の健康づくり計画です。
心の健康づくり計画は、策定して終わりではなく、計画を実行しながら評価と見直しを経て、よりよい施策にアップデートしていく必要があります。そのために、どのような取組を行えば効果的なメンタルヘルス対策となりうるのか、悩む人も多いでしょう。
本記事では、心の健康づくり計画の内容や健康経営に大切なメンタルヘルスの取組について解説します。
「心の健康づくり計画」とは?
心の健康づくり計画とは、厚生労働省が定める「労働者の心の健康の保持増進のための指針」において策定が推奨されているものです。法的な罰則はなく、厳密に義務化されたものではありませんが、メンタルヘルス対策においては不可欠です。
令和3年7月には、「過労死等の防止のための対策に関する大綱」の変更が閣議決定されました。大綱では、令和4年までにメンタルヘルス対策に取り組んでいる事業所の割合を80%以上にすることが目標とされました。
しかし、令和4年の労働安全衛生調査では、メンタルヘルス対策に取り組んでいる事業所の割合は63.4%と目標には到達していません。メンタルヘルス対策の推進がより一層求められる社会的状況にあるといえます。
メンタルヘルス対策の一環として、まず始めに企業が行うことの一つとして不可欠なのが「心の健康づくり計画」です。メンタルヘルス対策の基本方針を定め、社内での理解を共有する役割を果たします。
参考:過労死等の防止のための対策に関する大綱│厚生労働省
参考:令和4年安全衛生調査(実態調査)│厚生労働省
メンタルヘルス対策は企業にとって経営課題の一つ
メンタルヘルス対策は、従業員の健康保持のためだけでなく、企業の経営課題の一つです。心の健康を崩すことが原因で、長期欠勤や労働生産性の低下を招きます。また、過度な仕事のストレスによる精神疾患の発病は、労災対象となる可能性があります。メンタルヘルス対策によって、訴訟や損害賠償請求などのリスクマネジメントにもなるでしょう。
さらに、ストレスチェックの高ストレス者率や、定期健康診断の有所見率の改善を行うことで健康経営の推進につながり、健康経営優良法人の取得が目指せます。顧客や取引先、求職者、自社の従業員に対する企業イメージが向上し、人材の確保や定着率の向上につながるでしょう。融資金利が優遇されたり、助成金制度が使えたりするなどの経済的なメリットもあります。
健康経営の推進に欠かせないメンタルヘルス対策において、心の健康づくり計画は、施策の方針を示す基礎となるものです。健康経営を推進する企業としては、心の健康づくり計画の策定は不可欠な取組といえるでしょう。
「心の健康づくり計画」内容
・事業者がメンタルヘルスケアを積極的に推進する旨の表明に関すること
・事業場における心の健康づくりの体制の整備に関すること
・事業場における問題点の把握及びメンタルヘルスケアの実施に関すること
・メンタルヘルスケアを行うために必要な人材の確保及び事業場外資源の活用に関すること
・労働者の健康情報の保護に関すること
・心の健康づくり計画の実施状況の評価及び計画の見直しに関すること
・その他労働者の心の健康づくりに必要な措置に関すること
引用:労働者の心の健康の保持増進のための指針│厚生労働省
以上の内容を含んだ計画を策定し、具体的な取組を実施していきます。実施状況の評価と見直しを繰り返しながら、社内の実情に合わせたメンタルヘルス対策を行う基盤となるのが心の健康づくり計画です。
「心の健康づくり計画」ひな形
出典:岩手労働局 盛岡労働基準監督署 心の健康づくり計画 |厚生労働省
心の健康づくり計画のひな形や詳細な策定例については、以下の資料も参考になりますのでご活用ください。
参考:職場における心の健康づくり~労働者の心の健康の保持増進のための指針~│厚生労働省
「心の健康づくり計画」の策定に必要な4つのポイント
メンタルヘルス対策には不可欠な心の健康づくり計画ですが、具体的にはどのように策定すればよいのでしょうか。以下の4つのポイントを意識しながら策定すると分かりやすいでしょう。
1.事業者としての方針表明をする
2.推進体制と役割を決める
3.プライバシーへの配慮をする
4.中長期の目標設定と評価方法を決める
1.事業者としての方針表明をする
まずは、メンタルヘルス対策推進の方針と企業にもたらす利益について、事業者として表明します。文書化して明示することで、従業員はメンタルヘルス対策に安心して時間を割くことが可能となります。
また、メンタルヘルス対策が企業の利益につながる業務の一つであり、自分自身の評価にも関係することを意識しやすいでしょう。
心の健康づくり計画に事業者としての方針を表明することで、従業員は安心してメンタルヘルス対策を推進できます。
2.推進体制と役割を決める
次に、メンタルヘルス対策をどのような体制で推進していくのか、各スタッフの役割を明確化しておきましょう。具体的には、以下のような事項について決め、社内で共通認識を得ておくことが大切です。
<社内スタッフの役割分担>
従業員や管理監督者、産業保健スタッフがそれぞれどのような役割を担うかを具体的に明記します。例えば以下のような例が挙げられます。
従業員:ストレスチェックを活用してストレスに適切に対処する
管理監督者:部下からの相談対応、職場環境改善
産業保健スタッフ:産業医からの助言、評価
人事労務:人員の適正配置や労働時間の短縮措置
<衛生委員会の位置づけ>
衛生委員会の位置づけについても明記します。例えば、以下のような役割や機能が挙げられます。
・心の健康づくり計画の策定や評価、見直し
・職場環境改善のための具体的施策を話し合う
・ストレスチェックの実施状況の評価
<ストレスチェックに関する事項>
メンタルヘルス対策の中で重要なストレスチェック制度について、位置づけや実施方法を明確にする事項も必要です。
・実施体制(実施者や委託先担当者の氏名)
・調査票
・高ストレス者の選定基準
・実施の頻度と時期
・対象者
・結果通知の方法
・面接指導の方法
・集団分析の実施方法
・結果に関する情報の取扱い
<職場環境改善の方法>
従業員のニーズに応じて、職場環境改善に取り組む必要がある旨を記載しておきましょう。
・管理監督者が主体となり部署内の環境改善に取り組む
・ストレスチェック実施者が調査票を用いて職場環境を評価する
・産業保健スタッフが管理監督者に改善の助言を行う
<研修機会や相談窓口>
心の健康の保持増進を目的とした研修についても具体的に明記します。新入社員や管理監督者、産業保健スタッフなど、対象者別の研修を実施することを明文化するとよいでしょう。
また、従業員からメンタルヘルスに関する相談があったときに活用する社内外の相談体制も記載します。提携している医療機関やEAPサービスの具体的な利用の流れを明記しましょう。
3.プライバシーへの配慮をする
メンタルヘルス対策を行うにあたって、そのプロセスで知りえた従業員の情報は、取扱いに注意する必要があります。例えば、職場環境の評価にあたって従業員から聞き取った内容やストレスチェック実施に伴って得た情報の取扱いです。
また、ストレスチェックや面接指導を受けることを拒否した場合も、従業員に不利益な扱いをしないことを明記しましょう。プライバシーへの配慮や不当な扱いを受けないことを明文化すると、従業員は安心してメンタルヘルス対策を行えます。
4.中長期の目標設定と評価方法を決める
心の健康づくり計画は、策定して終了ではなく、中長期的に継続することを前提とするものです。そのため、目標を設定し、衛生委員会で話し合いながら見直し、継続的に取り組むことが大切です。
目標設定においては、長期目標、年次目標だけでなく、具体的な目標も設定しましょう。「活気のある職場を目指す」という長期目標だけでは、達成できているか評価しにくいため、具体的な目標が必要です。例えば、以下のような目標が望ましいでしょう。
・事業者方針とリンクしている
・従業員のニーズと合致している
・数値化可能である
また、計画の評価と見直し方法についても決めておきましょう。例えば、月1回開催される衛生委員会で各部署から進捗状況を報告し、改善策を話し合うというような方法が挙げられます。
心の健康づくり計画をもとに行う取組内容
心の健康づくり計画を策定してメンタルヘルス対策が完結するのではなく、具体的な取組を行うことが最も重要です。
メンタルヘルス対策における「3つの予防」と厚生労働省が推奨する「4つのケア」の視点から考えると具体化しやすいでしょう。
3つの予防
3つの予防とは、メンタルヘルスケアを行うための各段階を示したものです。メンタルヘルス不調をフェーズに合わせて対応するための視点であり、以下の3つの段階に分けられます。
・一次予防:メンタルヘルス不調の防止
・二次予防:メンタルヘルス不調の早期発見と再発予防
・三次予防:メンタルヘルス不調者の復帰支援
一次予防として代表的な取組はストレスチェックです。普段と変わったところがないか、従業員自身がメンタルヘルスへの意識を高め、不調を未然に防ぐことを目的とします。
二次予防としては、管理監督者が部下の不調を早期に発見することや、再発予防を目的とした人事の定期面談などが挙げられます。
三次予防は、休職した従業員の復帰支援を行うもので、復帰後の再発を予防するための施策です。
3つの予防の観点から行う取組の具体例は、以下の通りです。
<一次予防>
・ストレスチェックの実施と活用
・長時間勤務による不調の予防
・管理監督者の相談対応スキルの向上
<二次予防>
・相談体制の整備と利用促進
・医療機関受診の推進
・不調者の早期発見方法に関する研修
<三次予防>
・職場復帰支援プログラムの作成
・復帰した従業員への労働条件の配慮
・産業保健スタッフによる主治医との連携
4つのケア
4つのケアとは、厚生労働省が推奨するメンタルヘルス対策に必要なケアです。メンタルヘルスケアの推進には、従業員だけでなく、管理監督者や産業保健スタッフなど、社内全体の取組が求められます。
さらに、医療機関やEAPサービスを始めとした社外のサポート資源の活用も必要です。
・セルフケア:従業員自身が行うケア
・ラインによるケア:管理監督者によるケア
・事業場内産業保健スタッフ等によるケア:保健師や産業医などの社内の専門職が行うケア
・事業場外資源によるケア:医療機関、地域の保健機関、従業員支援プログラム(EAP)など
メンタルヘルス対策の取組事例
心の健康づくり計画をもとに実施する具体的な取組は、従業員のニーズを汲み取りながら実行することが大切です。3つの予防や4つのケアの視点を踏まえつつ、自社に最適な取組を模索していく必要があります。
自社に適したメンタルヘルス対策を実践するには、実際の取組事例を参考にするとイメージしやすいでしょう。健康経営優良法人に認定されている3つの企業の取組を紹介します。
株式会社ニチレイ:チームでラインによるケアを推進
株式会社ニチレイは、健康経営優良法人(ホワイト500)に8年連続で認定された企業です。メンタルヘルス対策として、セルフケア研修とラインケア研修を実施し、受講を必須としています。
その中でもラインケア研修が特徴的です。オンライン研修に参加した上で、本社研修でロールプレイや事例検討を含めた集合研修を行います。
保健師が実際に受けた相談内容をもとにテーマを選定しているため、管理監督者は自分ごとと捉えて参加できます。
また、オンライン研修と集合研修の両方に参加した管理監督者は、「こころのサポートチーム(COCOサポ)」に所属します。チャットグループを作成し、定期的に情報提供をしたり、ラインケア研修に参加した写真を掲載したりしています。
各事業所の管理監督者が孤独感を抱えないようにするため、チームでラインによるケアを推進している点が同社の特徴的な取組です。
参考:職場のメンタルヘルス対策の取組事例 株式会社ニチレイ(東京都中央区)|こころの耳
三井不動産株式会社:リハビリ出社や定期面談によって再休職を防止
三井不動産株式会社は、メンタルヘルス不調による休職から復帰した従業員に対して、丁寧な復帰支援を行っています。リハビリ出社や復帰後1年間の定期面談など、症状の再燃に配慮したフォロー体制が万全です。
また、同社では再休業率が非常に少ないという成果も特筆すべき点です。再休業率を検討した研究では、復職から6カ月で19.3%、1年で28.3%、2年で37.7%、5年で47.1%という結果があります。一般的には再休業が珍しくないにもかかわらず、同社では再休業率がほぼ0となっています。
丁寧な復帰支援を始めとした対策により、健康経営優良法人(ホワイト500)に8年連続で認定されています。
参考:職場のメンタルヘルス対策の取組事例 三井不動産株式会社(東京都中央区)|こころの耳
参考:主治医と産業医の連携に関する有効な手法の提案に関する研究│厚生労働省
株式会社ケィテック:健康指標10項目を定めインセンティブを付与
株式会社ケィテックは、健康経営優良法人2023「ブライト500」認定された愛知県の企業です。
技術エンジニアリングという業種上、残業時間が増加し、メンタルヘルス不調を訴える従業員が増えたことが課題でした。そこで、睡眠時間や禁煙の達成などの10項目の健康指標を定め、達成度によってQUOカードを進呈する制度を導入しました。
また、料理教室などの健康やコミュニケーション推進のためのイベントも開催しています。従業員からの意見を積極的にくみ取りつつ、健康意識を高める施策が特徴的です。
参考:健康経営優良法人2023 中小規模法人部門|経済産業省
心の健康づくり計画はメンタルヘルス対策の推進には不可欠
心の健康づくり計画は、企業が一丸となってメンタルヘルス対策を推進するために不可欠なものです。文書化された計画があることで共通認識が得られ、従業員は企業に必要な「仕事」としてメンタルヘルス対策を推進できます。
また、心の健康づくり計画を策定した後も、適切に機能するよう、改善していく必要があります。機能するためには、具体的な施策を打ち出しながら、実行と改善を繰り返していけるとよいでしょう。
さらに、メンタルヘルス対策は、健康経営の推進には欠かせません。取引先や求職者、従業員などの自社を取り巻くステークホルダーへの企業イメージ向上にも役立つ施策であるといえます。
メンタルヘルス対策を経営課題の一つとして捉え、心の健康づくり計画の策定と修正を繰り返しながら、企業の成長を目指していきましょう。